天童荒太

永遠の仔〈下〉

永遠の仔〈下〉天童 荒太作者の代表作品
直木賞の選考では、選考委員の大先生方に「作品が長すぎる」「子供同志の会話が子供らしくない」等々の評価を受けたようであり、実際読んでみると、なるほどその通りである。しかし、その不器用さゆえ、読者に強いメッセージが伝わっているように思う。作品自体は過去と現在に起きた殺人事件を軸に展開するミステリーとなっているが、まず作者が作品を通して伝えたいメッセージがあり、その表現方法としてミステリーを選択したように感じた。とにかく「力」がみなぎった作品である。

救われることを期待して、
「人は救われようとして嘘をつく」とかそんなコピーに読んでみようかな、と思いました。そういう泥沼を見てみたい、興味本位ではなくて、救われることを期待してでした。
虐待、トラウマ、精神の病、そういったものを描くと、ともすると被害者意識が強すぎて、愚痴の塊のような何だか見苦しい作品が生まれてしまう、という、自分の中の方程式みたいなものがあるのですが、この話はすごくよかった。「けっきょく自分の不幸に同情してほしいんじゃん?」「何だか不幸なのは自分だけとか思ってない?」そういった凡作をいくつか眺めて、過ごしてきましたが、もう一度繰り返すと、
この本は、みんなに読む価値がある本だ、と思います。
苛烈な過去が明かされていくだけではなくて、現実に対して、例えば仕事に打ち込むなどして、忘れていこう、(でも)忘れられない、といった側面が描かれるのが好いし、その気持ちはすごく共感できる。重いテーマを扱っているだけに、誤解されるかもしれないけれど、そこに描かれているのは、ポジティブに生きようとして、(でも)生きられない人の悩みであり、ポジティブに生きたいはずであろう、ほとんどの人たちに生きるヒントのようなものを与えてくれるだろうことは間違いない。言い換えれば、描かれているのは意外に普遍的なことであるということ。
重い作品だけれども、ぎりぎりのラインで(またそういったかたちでしか存在し得ない)救い、は描かれていると思う。

「仔」である理由
下巻はミステリー的な側面が徐々に大きくなってきて、
ドラマ的にラストへ完結。
相変わらず一気に読ませる構成、筆力は健在で、
長いにも関わらず読むのを読められない。
人間は、不器用すぎる存在だ。
心にいろんなものがありすぎて、
いろんなことを感じすぎて、
不器用に生きることしかできない。
しかし、それが人間の素晴らしさでもある。
「永遠の仔」という題名になった理由がわかったような気がする。
特に「子」ではなく「仔」の理由が。
人は誰もが、自分が幸せになりたいと思い、行動している。
その上で、誰か大切な人が幸せになってほしいとも思い、行動している。
各々に前者と後者の大小はあるにせよ、このパラドックス的な事実は、
物語の全ての人間を巻き込み、哀しみを生んだ。
この世界にいる人間は皆、年齢に関係なく、結局のところ「仔」であるのだろう。自分の存在を認め、肯定してくれる存在が「子」の隣に立っていることによって、人間は初めて自分の真の価値を見出せるのではなかろうか。
だから、世界は男と女に分かれ、両者は互いに求め合い、
人は存在を肯定してくれるものに、深い安らぎを覚えるのだろう。
しかし、その肯定的な世界が、否定的な世界に変わる場合もある。
肯定的な世界という光がある以上、否定的な世界という影は必ずついてくる。
本書はその否定的な世界に身を置くしかなかった、光を求めるがゆえに否定的な世界での痛みを知ってしまった人物たちの物語だ。
虐待、親と子の関係、男と女の関係、人間と人間、つまり「仔」と「仔」の関係、ドラマ的なエンターテイメント性を盛り込んだ以上、
少し消化不良の面もあったが、十分に質は高く、
本年度読んだ上ではベスト3には入る、素晴らしい作品であった。
人間の生命に、闇に、手を差し出した傑作です。
永遠の仔〈下〉

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幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉 (新潮文庫)

幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉 (新潮文庫)天童 荒太天童荒太の原点ともいえ、発展系ともいえる
あいかわらずはまったまま、

この長編に挑みます。

読み物として、

推理小説とまではいかなくとも、

ミステリーの要素が高く、

それでいて、力点がドラマに向けられています。

単行本で出版されたものを、

全面改稿しての文庫化。

子どもたちを取り巻く状況には、

あいかわらず、厳しく、

繊細な目を向けている。

歪みだらけの大人たちに、

いつでも、

弱い人たちが、

おびえている。

家族の真の姿を描く
無条件に愛と癒しを与えるもの。それが家族。

そんな世間のイメージとは裏腹に、家族とは矛盾に満ちた存在である。

個人の自由や幸福の追求が優先される社会。それ自体は価値のあることだが、献身や自己犠牲といった価値観は失われていく。

そうした現代でも、世間からは家族は愛にあふれ完全であることを求められる。現実にそれがうまく機能していないケースが多くとも、人は見てみないふりをすることが多い。

正しい家族というものはありうるのか。それを求め、実現することは可能なのか。矛盾に満ちながらも、誰もがそこから逃れられない「家族」の実像を描く本作は、多くの課題を僕たちに投げかけてくる。「うまくいって当然」のことがうまくいかない苦しみ。それは明日の僕たちの姿かもしれない。

家族の真の姿を見つめ、考え直すきっかけになる全5部の大作。是非多くの人にお勧めしたい。

自分にとっては正しい事でも、他人には迷惑なことも
元は1993年に刊行されたものだそうです。

私が読んだのは文庫版で、文庫にされるにあたって改めて書き直されたそうで、劇中の日付も去年から今年になっていました。

元を読んでいないので、どれだけ変わったかは分からないのですが、登場人物は同じだと思います。

文庫版は新潮文庫より全5巻発売されました。

さて、ストーリーは、題名にもある家族がテーマだと思います。

登場人物はかなりたくさんいて、それぞれの家族がいろいろな問題をかかえています。

親の介護、子供の非行、虐待、自身の社会生活や過去など。

最初読み始めた時は登場人物それぞれの行動や言動になんだかイライラしていたのですが、読み進めるうちにその人の過去や、かかえる問題などを知り、だんだん感情移入していきました。

そして最初はバラバラだった人物がそれぞれどこかで繋がっていて物語の終結に向けて大きなひとつの塊になってゆく感じです。

今回この本を読んで思ったのは、よりよい社会・家族を作ることに定義って無いんだと。

自分にとっては正しい事でも、他人には迷惑だったり。

ひとつの思いにとらわれてしまうと、必ずどこかで綻びが出てしまうのだと。

何が大切なのか、それは人それぞれで、もっと視野を広くもつことが大切なんじゃないかなと思いました。

それが難しいのだけど。
幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉 (新潮文庫)

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あふれた愛 (集英社文庫)

あふれた愛 (集英社文庫)天童 荒太温かな心の通い合いに触れる短編集
目に見える表面的なものよりも大事なものがあるのではないかと気付かせてくれる作品。

弱さも強さも一長一短で相手の想いを素直に受け止める気持ちの余裕が必要だという事を学びました。

短編も、秀作。
昨年からマイブームの作家。

短編集。

どの話も、

精神を病んだ人の物語。

しかし作者は、

その病を、

異端扱いしない。

まだまだ社会は、

精神の病に対して、

差別と偏見に満ちている。

そのことが、さらなる悲劇を生み出している。

どの物語も、

作者の優しさに満ちている。

なかなか癖のある物語ですが、

作者のこだわりがつまっています。

痛かった
全編に病的なものが関係してます。

のっけから主人公のオジサンの病気が私と同じで・・・私は好きになった人にも、他の人にもこんな仕打ちはしませんよ(>_< )

これは、個人の性格です。

いい話もあるし、悲しい話もありましたが、私的にはイマイチだったかなぁ。

なんか痛かったです。

あふれた愛 (集英社文庫)

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まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉 (新潮文庫)

まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉 (新潮文庫)天童 荒太最後には、救いがある。
最後には、

救いがある。

光に満ちた希望がある。

このラストをそう読んでいいのかわからないけど、

僕はそう思った。

ここ数年、

“最後の闘争の単位は家族だ”

ということが言われている。

それにはある程度説得力があると思って来た。

しかし、

その言葉を口に出して言うと、

何がしかの苦さというか、

違和感を感じてもいた。

そう思う部分がありながらも、

そのことを疑っていた。

この小説には、

“家族”の問題が書かれている。

確かに、“無償の愛”というものが存在しうる、

最も納得のいく集合体ではある。

しかし作者は、

全肯定でも、全否定でもない。

ただ、

そこに生きる人を書くこと。

そういう小説だと思った。

最後に思う。

“最後の闘争の単位は、一人だと”。

孤独への恐怖を知ったものが、

それを乗り越えられる。

だから、

人を信じられるんだと、思う。

読んだ???という感じです。
2週間掛けて一気に5冊を続けて読みました。

途中、一度も飽きること無く、先、先と焦って読み進めました。

ずっしりと重みのある内容ですが、5冊という長さは全く感じさせない作品です。

第1部を読んだ所では、一番のダメ人間に思えた人物が最後は幸せになり、

とても善人に思えた人物が連続殺人事件の犯人だった・・

こんなこともあるのね、という結末です。

登場人物のその後を前向きに描いていて、気持ちの良い終わり方です。

ただ、大野夫妻が自分の子供を手に掛けるくだりは、

読んでいてとてもつらかったです。あまりにもリアルでした。

とはいえ、子を持つ親ならきっと共感できる部分があると思います。

わたしは殺人者である夫妻の言い分が少し理解できてしまいました。

信念を持つ人は強いと言うことでしょうか。

この作品は毎巻作者のあとがきがありますが、

わたしは第2部のあとがきが特に印象に残りました。

作者の実体験が描かれています。

短い文章ですが、本編では出なかった涙が出ました。

皮肉にもお話よりも現実の方が心に響くということですね。

完結
 予想以上の安全着陸にビックリだけど、まぁミステリじゃないから別にいいんでしょう。

 これだけの長さでありながらとにかく終始“家族”中心でここまでぶれないのはすごい。テーマはいいけど内容が付いていかない作品は多いけどこれは逆。ストーリーがおもしろいために「家族って何?」という全編通しての問いかけをスルーして、ただ作品を消費してしまうこともあるんじゃないだろうか。しょうがないけど。

 それにしても、おもしろかったです。
まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉 (新潮文庫)

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告白 永遠の仔〈3〉 ■

永遠の仔〈3〉告白 (幻冬舎文庫)天童 荒太作者の告白なのだろうか
秘密の告白によって、
注目
新たな秘密と、

新たな悲劇が生まれてしまう。

負のスパイラル。

作者は、

書かなければならない物語を、

書きたくない、

そう錯覚してしまう。
肌荒れ
「力」がみなぎった作品
2000年度版このミス10 1位。

1999年文春ミステリーベスト10 2位。

2000年 第53回日本推理作家協会賞長篇部門

第121回直木賞候補作品

作者の代表作品。

直木賞の選考では、選考委員の大先生方に「作品が長すぎる」「子供同志の会話が子供らしくない」等々の評価を受けたようであり、実際読んでみると、なるほどその通りである。しかし、その不器用さゆえ、読者に強いメッセージが伝わっているように思う。いびき作品自体は過去と現在に起きた殺人事件を軸に展開するミステリーとなっているが、まず作者が作品を通して伝えたいメッセージがあり、その表現方法としてミステリーを選択したように感じた。とにかく「力」がみなぎった作品である。

さてさて
 ちょうど中間。ゆうきと仲間達との関係がどんどんやばくなっていくの見て果敢無くなる。
 過去の話はもっと切ないけれど。

永遠の仔〈3〉告白 (幻冬舎文庫)

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永遠の仔〈4〉抱擁 (幻冬舎文庫)

永遠の仔〈4〉抱擁 (幻冬舎文庫)天童 荒太だれでも、抱擁はされたいよなぁ。
思うとおりになんかいかない。

そんなに高い望みだとは思わない。

けれども、それもかなわない。

これだけの内容を無責任に書けるわけもなく、

おそらく徹底した取材で、

かなり研究しているのだろうと思う。

その分のリアルさが、

鳥肌が立つほどの深い感を誘う。

幼児虐待、DV、殺人・・・、

もちろん言い訳もできない犯罪である。

あらゆる犯罪において、

もっとも被害を受けるのは、

いつでも社会的弱者である子どもたちである。

保護されるべき、

保護されたい子どもたち。

その子たちが、

保護者によって歪められた。

どんなに彼らを取り巻く状況や、

保護する側が言い訳しようと、

子どもたちのとってはつらく冷たい記憶にしかならない。

そして、

その記憶は、

彼らの生きる支えにはならない。

すべての人がそんな苦い記憶を持っているわけではない。

しかし、

何らかの、共感・共苦があると思えてしまう。

そしてきっと、

人はだれも、

誰かに抱擁されたい、

そう思っているに違いない。

「力」がみなぎった作品
2000年度版このミス10 1位。

1999年文春ミステリーベスト10 2位。

2000年 第53回日本推理作家協会賞長篇部門

第121回直木賞候補作品

作者の代表作品。

直木賞の選考では、選考委員の大先生方に「作品が長すぎる」「子供同志の会話が子供らしくない」等々の評価を受けたようであり、実際読んでみると、なるほどその通りである。しかし、その不器用さゆえ、読者に強いメッセージが伝わっているように思う。作品自体は過去と現在に起きた殺人事件を軸に展開するミステリーとなっているが、まず作者が作品を通して伝えたいメッセージがあり、その表現方法としてミステリーを選択したように感じた。とにかく「力」がみなぎった作品である。

何だか
 現在の話より、過去の話のほうが面白い。
 子供の心理が上手すぎますよ。よっぽど研究したんだろうな、ということがひしひし伝わってくる。さすが教祖。
永遠の仔〈4〉抱擁 (幻冬舎文庫)

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永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)

永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)天童 荒太1巻だけでも
天童荒太の他の作品が読みたくて、

古本屋にあったこの作品にしました。

話題になった小説だったのに、

まったく内容を知りませんでした。

またしても負の文学。

あまりにもすっきりとした文体。

さわやかささえも感じられるその文体。

にもかかわらず、書かれている内容の醜悪さ。

リアルな分だけ、背筋が凍る。

謎の一つは、

ほぼこの1巻でわかってしまったが、

過去と現在の行き来が見事で、

ガンガン引き込まれました。

大長編ながら長さを感じさせない傑作
文庫版で全5巻。最初は気が遠くなるほどの長さ、と思っていたんですが、読み始めたらそのテンポのいい展開にすぐに読めてしまった。

ストーリーは一人の少女と二人の少年を主人公に、過去と現在が交互に進められていくというもの。幼児期に受けた虐待からある事件を起こした彼らが、一度は別々の道を歩んだにもかかわらず、運命の糸に手繰り寄せられるかのごとく再び出会い、止まったままだった時間が動き出す。

二転三転する展開と心の葛藤を描く描写力、飽きさせないスピード感はなかなかのもの。リアルさに欠ける部分は多々あれど、この作品はあくまでミステリー小説、散りばめられた伏線は後半収束し、そして見事に着地する。長さを感じさせない傑作だと思う。

「生きていてもいいんだよ」当たり前だろ !
「永遠の仔」という題名自身がそもそも日本語として違和感があるのだが、作品における人生観が偏り過ぎている。世の中の人々全てが幼年児期のトラウマに支配されて生きている訳ではないだろう。登場人物が全て精神的に幼過ぎるのである。その意味での作品名かもしれないが。

それに誰よりも幼い命の大切さを実感している筈の主人公が、堕胎を勧めるという矛盾。話が長いだけで、構想が破綻している。幼年児期のトラウマについて作者は勘違いをしているのではないか。人は日常の苦しさの中で、些細な喜びを見い出し、一日一日を送っているのである。それを幼年児期のトラウマを過大視して、「生きていてもいいんだよ」は無いだろう。

作者の死生観、人道感に大きな疑問を抱かせる作品。
永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)

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永遠の仔〈5〉言葉 (幻冬舎文庫)

永遠の仔〈5〉言葉 (幻冬舎文庫)天童 荒太文句なしに面白い、でもラストが悲し過ぎる
よくこの作品は感動巨編と書かれたりしているが感動はしない(僕はしなかった、衝撃は受けたけど)。緻密に練られた伏線がだんだん一本の太い線になっていく展開力はすごいし、読んだらほとんどの人がハマって、寝る間も惜しんで読んでしまう作品だと思う。

ただ、ラストが結局誰一人過去のトラウマを本当の意味では乗り越えられなかった事が非常に残念だ。同じような体験をした全ての被害者の為にも誰か一人でも完全にトラウマに打ち勝ち今を生きる姿を見せて欲しかった。

悲しくて、悲しい結末
たった一つの言葉を、

誰かに言ってもらいたい。

でも、

それは、

だれでも言いわけではない。

たった一つの言葉があったから、

生きていくことができる。

大どんでん返しがありました。

予測できないほどの。

でも、

説得力があり、

悲しくなりました。

悲しくて、

悲しい人たちの物語。

ルフィンとモウルとジラウ。

3人の悲しくも、

回復の兆しを感じる結末でした。

「力」がみなぎった作品
作者の代表作品。

直木賞の選考では、選考委員の大先生方に「作品が長すぎる」「子供同志の会話が子供らしくない」等々の評価を受けたようであり、実際読んでみると、なるほどその通りである。しかし、その不器用さゆえ、読者に強いメッセージが伝わっているように思う。作品自体は過去と現在に起きた殺人事件を軸に展開するミステリーとなっているが、まず作者が作品を通して伝えたいメッセージがあり、その表現方法としてミステリーを選択したように感じた。とにかく「力」がみなぎった作品である。

永遠の仔〈5〉言葉 (幻冬舎文庫)

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永遠の仔〈2〉秘密 (幻冬舎文庫)

永遠の仔〈2〉秘密 (幻冬舎文庫)天童 荒太登場人物たちへの愛情。
???だらけの、

過去の子どもたち。

優希、笙一郎、梁平。

ルフィン、モウル、ジラウ。

彼らの過去の秘密をキーワードに、

現在の彼らの周辺に事件が起こる。

幼少期のトラウマが、

呪縛となって、

読む側には、その事件そのものもまた秘密となる。

知りたくない不幸を、

覗き見たい厭らしさを持ちつつも、

物語が展開していく。

それが不快感に思うかもしれないが、

作者の緻密な取材と、

登場人物への愛情が、

それを払拭させ、

芸術性を高めているとも言える。

「力」がみなぎった作品
2000年度版このミス10 1位。

1999年文春ミステリーベスト10 2位。

2000年 第53回日本推理作家協会賞長篇部門

第121回直木賞候補作品

作者の代表作品。

直木賞の選考では、選考委員の大先生方に「作品が長すぎる」「子供同志の会話が子供らしくない」等々の評価を受けたようであり、実際読んでみると、なるほどその通りである。しかし、その不器用さゆえ、読者に強いメッセージが伝わっているように思う。作品自体は過去と現在に起きた殺人事件を軸に展開するミステリーとなっているが、まず作者が作品を通して伝えたいメッセージがあり、その表現方法としてミステリーを選択したように感じた。とにかく「力」がみなぎった作品である。

優希…
 読書をする時、私はよく登場人物を自分に投影することがあります。

 しかし、彼女の境遇は私の想像の域を完全に超えていました。

 そのため、「痛ましい」とか、「こんな仕打ちはひど過ぎる」なんて言うことは軽々し過ぎて到底できません。

 そんな中、私ができる唯一のことは優希のような人を現実に出さないように少しでも努力することだけでしょう。

 しかし、どのようなことが私にできるのか分からないというのが正直なところ…

 そんな中、いろいろ考えてみることも必要なのではないかと私は感じました。

 
永遠の仔〈2〉秘密 (幻冬舎文庫)

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包帯クラブ The Bandage Club (ちくまプリマー新書)

包帯クラブ The Bandage Club (ちくまプリマー新書)天童 荒太なんという諦観
包帯クラブの活動内容は「誰かが傷ついた場所に包帯を巻く」ただそれだけ。ただそれだけの行為ですが、これがびっくりするくらい心に効きます。本の中でいろんな「傷ついた場所」に包帯が巻かれていくのを読むと、まるで自分の心も一緒になって癒されていくよう。

それにしても、そもそも私たちはいつから「癒される」ことをこれほどまでに必要とし始めたのでしょうね。「傷つくこと」を極端に恐れるようになったのは一体いつからでしょう?

昔はきっともっと「戦っていた」はずです。傷つくことを恐れずに、大切なものを守るために、必死で。

でも「包帯クラブ」を結成したワラやタンシオたちは、戦うことを放棄し、ただひたすら傷口に包帯を巻くことを選択します。

なんという諦観。高校生にしてすでに、戦うことの無意味さに気づいてしまうほどの「苦い経験」をせざるを得ない現代の日本。胸がつまります。

大切なものを守ろうとして戦ってきたけれど、結局は大切なものをたくさん失ってしまった、そんなあなたに。この包帯はきっと効きますよ。

映画→小説の順が○
映画を観た後に小説ではどんな風に書かれているか気になり読んでみました。

比較するとそれほど大差は無いのですが、小説と比べ映画ではディノの心の傷がハイライトになっており、小説では成人になったディノの消息が物語りを引っ張る牽引車になっておりました。そのほか映画独自の演出がありましたが、小説には無い盛り上げ方をしていて映画も小説も楽しめました。映画を観てしまった後で小説を読んでも楽しめるので二度おいしかったです。

この作者の小説は今回初めて読んだのですが、主人公の心の動きが瑞々しくて良かったです。残念なのは他のレビューを見させて貰うと、この作品は天童荒太の小説としては異例であるということです。

切ないけど、スカッとした物語。
映画を観る前に読もうと思い、読みました。

僕好みの青春小説でした。

主人公の女の子の心理描写なんて見事だなぁ、と。

何でもないような事が、

時に人を傷つけ、

時に人を助ける事がある。

それを知ってしまうと、

夢中になってしまう瞬間がある。

誰かのためにやれる事。

本当はいつだって探していた。

けれども、

簡単には見つからない。

仲間がいて、

その場所があって、

一緒にいられる時間がある。

奇蹟のようなタイミングが、

一生忘れられないような、

自分の生涯の支えとなるよな出会いが、

出来事がある。

とても突拍子もないような事だけど、

なんとなく、理解できちゃう。

そんな、スカッとした物語。
包帯クラブ The Bandage Club (ちくまプリマー新書)

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