佐賀のがばいばあちゃん
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タレント本としてはいい出来「貧乏」という日本人の美徳に訴えた作品ですが、正直タレント本でなかったらここまで売れなかったでしょう。恵まれた現代から見たら、このの貧しさは美しくすら思えますが、要するに「自分の置かれた環境に応じて、それ以上もそれ以下の生活もできないし、求めるべきではない」ということだと思います。
何度読んでも心にひびきます。 映画を見てから読みました。
内容は映画とほとんど同じなのですが、文章にして読むとまた心にしみます。
映画の場面も思い出しました。
テレビで何度も洋七さんが語っている内容なのですが、
運動会のお弁当の話しなど、何度よんでも心にひびくところが、名作の名作たるゆえんなのではないでしょうか?
いや、「がばいばあちゃん」の「がばいばあちゃん」たるゆえんと言うべきでしょうか。
ともかくストーリーを知っている人にも再読をおすすめできます。
涙あり笑いありの人情小説 昭和30年代、小中学校時代を母の実家のある佐賀で過ごした著者の、祖母との超貧乏2人暮らしと彼らを包み込んでいた地域社会への想いを綴った想い出日記。基本的なメッセージは「幸せは気持ちのもち方次第」というもの。
もっとお笑い色の強い、著者のトンでもない祖母を紹介する、という趣旨の本なんだと思っていた。むしろ人情路線。広島で働く母とは年に1度夏休みにしか逢えない。母に逢いたいという少年の強い想いが全編を貫いている。がばいばあちゃんはもっとガメツい人なのかと思っていたらちょっと違って、むしろ上品で頭の回転の早い人だったようだ。
この本を読んでいて思ったのは、昭和30年代の佐賀には地域コミュニティが健在だった、ということ。「気持ちのもち方」が変わってしまったのは、人が変わったというより、地域社会のあり方が変わってしまったからなのだろうと思う。そして、地域社会のあり方が変わってしまったのも、やはり人が変わったというより、産業の高度化の結果なのだろうと思う。そういう意味で、「気持ちのもち方」だけを「あの頃」に戻すことはできないだろう。「あの頃」の「気持ちのもち方」を支えていた社会的基盤が失われてしまったのだから。かつて地域社会が果たしていた機能を如何にして現代社会に取り入れるか。それが社会科学の挑戦。
他愛もない本だが、案外面白く読んだ。涙あり笑いありの待合室で読む軽い本。
佐賀のがばいばあちゃん (徳間文庫)